• 大震災から一年の東北にて

    さる三月十一日、ちょうど大震災から一年を迎えたその日を東北にて過ごしました。今回東北に向かった目的は、いずも曹洞宗青年会の有志数名と共に慰霊法要、復興祈願法要に随喜することと滞在期間中に仮設住宅でのボランティアに参加することでした。

    三月十日の夜に東北に入り、岩手県大船渡市にて宿泊、翌十一日は大槌町まで移動し法要に随喜しました。道中は三陸海岸沿いの国道ですが、木々が途切れて見える海端のまちはことごとく津波にさらわれています。ところどころプレハブづくりのコンビになどが建てられていますが、ほとんどは瓦礫が取り除かれた更地あるいはいまだ無惨に崩れかけている住宅などです。

    法要に参加する大槌町の江岸寺に到着しますが、このお寺は震災の際に津波に襲われ、その後の火事により本堂を失い、未だに多くの墓石が折り重なって倒れている状況です。見渡しても海沿いまで津波の前のまま残る建物はありません。また大槌町は千二百人以上の死者・行方不明者がおり、このお寺でも避難していた檀家さんをはじめご家族を失ったそうです。ここに来る前の想像よりはるかに厳しい現実を前にして、随喜した一同言葉を失いました。

    ここでの法要の後、海岸供養に参加するために町を海岸まで三十分ほど読経しながら歩きました。道中ではかつてあった家の基礎だけが残る土地に花を手向ける方の姿も見られます。この一年がどんなに辛いものであったか、またこの痛ましい風景の中でこれから果たしてどんな希望を抱けばいいのか、考えると胸が痛みます。海岸供養で訪れた市場も屋根が剥がれ、かつては漁師さんたちの談笑も響いていたであろう事務所なども椅子や机がひっくり返ったまま。道をはさんではつぶれた車が積み重ねられていました。この町に人が暮らせるのか、かつてのような活気を取り戻せるのか、復興に向けての道のりはまだまだ険しいと感じました。

    翌十二日には福島県南相馬市、十三日には宮城県宮古町の仮設住宅にて交流サロンに参加しました。ほとんどが津波により家を失った方々で、高齢者の方がほとんどでした。皆さん非常に元気で、よく笑います。しかし話のところどころでは失ったものへの悲しみや将来への不安も口にされます。また南相馬市ではやはり放射線の数値がケーブルテレビで常に表示され、壁には市内の線量を示す地図が貼られるなど、日常の中で目に見えない放射線の恐怖が常にあることにも気付かされました。

    今回の東北での経験を通じて、一年経った今でも復興に向けての課題や暮らしている方々の不安が非常に大きいことを感じました。また、現在も全国曹洞宗青年会として全国の青年僧侶が被災地のためにボランティア活動などを継続して行っています。我々青年僧侶にできることは何か、またそこでおこなったったこと、感じたことをどう伝え、活かしていくか、今後も出来る範囲で活動に協力し、また皆様にもお伝えできる機会をつくれればと思います。

    (泰裕 拝)

     

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