法船寺について

記録の消失により創立年代は不明だが、かつては恵曇神社近くの寺尾と呼ぶ山上にあり、真言宗の寺院だった。その後禅宗の興隆に際し曹洞宗に改まったといわれる。

長享年間の火災による消失後、貞享二年に清光院四世徹叟玄底大和尚により再興したが、文政六年にも江角北火事で伽藍を消失し、その後天保二年に現在地に再建された。

戦前から戦中にかけては、託児所の開設、集団疎開の受け入れ先として、また戦後の混乱期には少年自治会の設立など地域の中心的な機能を担った。

平成十九年には老朽化した本堂を再建し、翌年に落慶法要が執り行われた。